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「超」黒歴史

PCのドキュメントを漁っていたら出てきたー
なんという電波…
しかし今読むと興味深い。

上から目線が鼻に付くw
当時は京極夏彦にはまってた時期かな?
恥ずかしいので続きに張った。

人間関係をネットワークにたとえることがある。
点が人でそれを結ぶ線が関係性を表す。
それは正しいのか?

人が線なのでは無いだろうか。
点が関係性を表しているのではないか。
線と線は決して交わらない。
点を介してのみ繋がることが出来る。

人と人は決して同じ感覚を共有できない。
言葉を介してのみ理解し会えることが出来る。

なぜだろう。
何故比喩が逆転したのか。

思うに、人格を固定的に捕らえる習慣がそうしたのだろう。
関係性は移り変わるが人は変りにくいと思いたい。
いや、人は変らないと願っている。

それは違う。
言葉や関係性よりも人ははるかに動的に変化している。
そして、言葉と言葉、関係と関係を能動的につなぐことが出来るのは、
人だけだ。

あまたの言葉をつなぎ、関係を形成し、ネットワークを構築すると、
蚕の作った繭のように人を点として見なせるのかもしれない。
気の遠くなるような数の綻びさえ無視すれば。
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tag : 思いつき 日記

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